歯周病治療は「抜く」から「残す」時代へー最新の歯周病治療(2025年版)
2025.11.14
ファミリー⻭科
歯周病は、日本人の成人の約8割がかかっているといわれる国民病です。
歯を支える骨や歯ぐきが炎症によって破壊され、放置すれば最終的には歯を失ってしまう恐ろしい病気です。かつては「進行した歯周病は抜歯するしかない」と考えられていましたが、近年は治療技術の進歩により、重度でも歯を残せる可能性が高まっています。
2022年に改訂された日本歯周病学会のガイドラインでは、歯周病治療を「原因の除去」「再発予防」「組織再生」の3つの柱で体系化。初期治療からメンテナンス、再生療法までを一連の流れとして整理しています。従来のプラーク除去中心のアプローチに加え、再生医療やレーザー治療、AI診断などの新技術が臨床の現場で導入されています。
本記事では、最新の歯周病治療の流れと、再生医療・レーザー治療などの注目技術をわかりやすく解説します。さらに、今後の予防・管理の方向性や、患者自身ができるセルフケアのポイントも紹介します。
「抜かずに守る」時代の歯周病治療を、最新情報をもとに見ていきましょう。
目次
監修した先生
奈良 倫之 先生
医療法人社団 歯友会 理事長
ファミリー歯科 院長
第1章 歯周病治療の基本と最新の考え方
歯周病の治療は、「細菌の除去」「炎症の抑制」「再発の予防」を三本柱として進められます。基本的な治療方針は大きく変わりませんが、近年は患者一人ひとりのリスクに応じた個別化治療が重視されるようになりました。2022年に改訂された日本歯周病学会ガイドラインによる科学的根拠に基づいた標準的治療と、患者主体の医療の両立が求められています。
基本治療の流れ
歯周病治療の第一段階は、プラークコントロール(歯垢の除去)です。歯科衛生士による専門的クリーニング(スケーリング)や、歯根表面をなめらかに仕上げるルートプレーニングが行われます。
これは歯周病治療の「基礎」であり、ほとんどの患者に共通する最初のステップです。細菌の温床となる歯石を徹底的に取り除き、歯ぐきの炎症を鎮めます。
歯石除去後も炎症が残る場合には、歯周外科治療を行うことがあります。歯ぐきを切開して歯根に付着した歯石や感染組織を直接取り除き、清潔な状態に戻す手術です。この段階で、失われた組織を取り戻すための再生療法を併用するケースもあります。
最新の治療理念は「治す」から「守る」へ
従来の治療は「病気を治すこと」が主目的でしたが、最新のガイドラインでは「治した状態を長く維持すること」、すなわちメンテナンスの重要性が強調されています。
歯周病は再発率が高く、治療後もプラークが増えると容易に炎症が再燃します。そのため、治療後の3〜6か月ごとの定期管理が欠かせません。メンテナンスでは、歯周ポケットの深さ測定や、再付着した歯石の除去、ブラッシング指導などが行われます。
また、近年の臨床研究では、「糖尿病や喫煙、ストレスが歯周病の悪化因子となる」ことも明らかになりました。口腔ケアと同時に生活習慣を見直す「全身的リスク管理」も治療の一環として取り入れられています。歯周病はもはや口の中だけの問題ではなく、全身の健康と密接に関わる病気です。
科学的根拠に基づく治療選択
最新のガイドラインでは、治療方針を決定する際に「ステージとグレード分類(2017年国際基準)」が用いられます。
たとえば、軽度の歯肉炎やステージⅠでは歯磨きなど非外科的治療が中心ですが、ステージⅢ・Ⅳの重度歯周炎では外科的介入や再生療法が検討されます。
また、喫煙者や糖尿病患者は「グレードC(進行リスク高)」と分類され、より厳密な管理が必要です。
こうしたリスク評価に基づくアプローチによって、過剰な治療を避けながら最適な結果を得ることが可能になりました。
歯周病治療は今や、「一律の治療」ではなく、「科学的根拠と患者背景を統合したオーダーメイド医療」に進化しているのです。
参照:日本歯周病学会 歯周病の診断と治療の指針 2022
https://www.perio.jp/publication/upload_file/guideline_perio_2022.pdf?20241021
第2章 再生医療の進歩―失われた組織を回復させる治療
歯周病の怖さは、炎症によって歯を支える骨(歯槽骨)や歯根膜などの組織が失われる点にあります。いったん破壊された組織は自然に元通りにはなりません。そこで注目されているのが、歯周組織再生療法です。これは、歯ぐきや骨を再生させることを目的とした治療で、近年の歯科医療の中でも特に進歩が著しい分野です。
歯周組織再生療法とは
歯周組織再生療法は、歯ぐきを切開して歯根を露出させ、感染した組織や歯石を除去したうえで、再生材料(薬剤や骨補填材)を応用して組織の再生を促す方法です。
具体的には、歯槽骨が部分的に残っている部位に対して行われ、歯を支える力を取り戻すことができます。
この治療は、すべての症例に適応できるわけではありません。
再生には「骨の形態(垂直性欠損)」「感染のコントロール」「患者の清掃状態」が大きく影響します。そのため治療前に口腔内の炎症を十分に抑える基本治療が欠かせません。
主な再生医療製剤
近年、日本で承認されている主な再生材料には次のようなものがあります。
再生医療製剤と特徴
| 再生材料名 | 主成分・特徴 | 保険適用 | 期待される効果 |
|---|---|---|---|
| エムドゲイン(Emdogain) | ブタの歯胚由来エナメルマトリックスタンパクを使用。歯根膜や骨の再生を促進。 | 自費 | 比較的広い症例に応用可能 |
| リグロス(Regroth) | 成長因子(bFGF:塩基性線維芽細胞増殖因子)を主成分とした医薬品。日本で初めて保険適用。 | 保険 | 骨・歯根膜・セメント質の再生を誘導。 |
| 骨補填材(β-TCP など) | 骨の欠損部を補い、自家骨との結合を促す人工骨材。 | 保険・自費混在 | 骨吸収の抑制・形態維持に有効。 |
特にリグロス(歯周組織再生医薬品)は2016年に厚生労働省から承認を受け、重度歯周炎に対しても保険診療として使用できるようになりました。
再生療法の中でも安全性・効果が高く、全国の歯科医院で導入が進んでいます。
治療の流れと治療後の注意点
再生療法の治療手順は以下のとおりです。
- 歯ぐきを局所麻酔下で切開し、歯根を露出させる
- 炎症性組織や歯石を除去
- 再生材(リグロスやエムドゲインなど)を注入
- 歯ぐきを縫合し、再生期間を確保する
再生期間中は、喫煙・過度な噛みしめ・歯磨きの刺激が再生を妨げるため、術後のセルフケア指導を守りましょう。再生には個人差がありますが、通常は数か月〜半年ほどで新しい歯周組織が形成されます。
将来的には幹細胞・遺伝子などを使った治療も
近年では、歯の根の内部や歯髄から採取した幹細胞を用いた歯周組織再生の研究も進められています。
また、遺伝子レベルで骨形成を誘導する遺伝子導入型成長因子の臨床応用も検討中です。これらはまだ保険診療として確立していませんが、近い将来、「失った骨を完全に再生する」ことが現実になる可能性があります。
再生医療は、「抜歯か保存か」で悩む患者に新たな選択肢をもたらしました。
重度の歯周病でも、最新の再生療法を組み合わせることで、歯を守る希望が広がっているのです。
第3章 レーザー治療・光殺菌療法など低侵襲の新技術
歯周病治療の世界では、近年「痛みの少ない・再発しにくい」治療法が次々と登場しています。その代表例が、レーザー治療や光線力学療法(PDT:Photodynamic Therapy)です。これらの方法は、従来の器具による清掃では届きにくい細菌を殺菌し、炎症を抑える低侵襲治療として注目されています。
レーザー治療とは
レーザー治療では、歯周ポケット内にレーザー光を照射して細菌を除去・殺菌します。照射の際に発生する熱エネルギーによって、感染組織を蒸散・凝固させ、歯ぐきの炎症を鎮めます。主に使われるレーザーの種類には次のようなものがあります。
レーザー治療の種類と特徴
| レーザーの種類 | 特徴 | 適応症例 |
|---|---|---|
| Er:YAGレーザー | 水分への吸収が高く、歯や歯ぐきへのダメージが少ない。痛みが少なく治癒が早い。 | 軽〜中等度の歯周炎、歯石除去、ポケット殺菌 |
| Nd:YAGレーザー | 深部への到達性が高く、出血を抑制しやすい。 | 中〜重度歯周炎、歯肉切除 |
| CO2レーザー | 止血性・殺菌性に優れ、外科的処置後の治癒を促進。 | 歯肉の腫脹・膿瘍ドレナージなど |
特にEr:YAGレーザーは、歯周組織への熱損傷が少なく、歯石除去と同時に殺菌・再付着防止効果も得られることから、近年の歯周治療の中心技術のひとつとなっています。
ブルーラジカルレーザー治療
ブルーラジカル治療(Blue Radical Therapy)は、歯周病の原因である歯周病菌を、強力な酸化作用によって選択的に破壊する治療法です。過酸化水素を主成分とした薬剤を歯周ポケット内に注入し、青色LED光を照射することで「ヒドロキシラジカル(OHラジカル)」を発生させ、細菌膜や代謝系を短時間で不活化します。
- 抗生物質を使わずに除菌でき、耐性菌の心配が少ない
- 痛みや出血がほとんどなく、麻酔が不要なことが多い
- 治療時間が短く、通院の負担が少ない
- 妊娠中・授乳中・薬剤アレルギーのある方にも適用しやすい
- 初期〜中等度の歯周炎に適している
歯周病は細菌の増殖により歯ぐきの腫れ・出血・口臭が起こり、進行すると骨が溶けて歯を支えられなくなる病気です。ブルーラジカル治療は、歯石除去(スケーリング・ルートプレーニング)や定期的なメンテナンスと組み合わせることで、炎症の再発を抑え、歯を長期的に守る補助的治療として有効です。
保険診療と自由診療・費用目安
現時点では、レーザー治療のうち一部(Er:YAGレーザーを用いた歯石除去など)が保険適用されていますが、ブルーラジカルなどは自由診療(自費)となることが多いです。費用の目安は、1歯あたり3万円前後が一般的です。
ただし、歯を抜かずに保存できる可能性が高まるため、「将来の入れ歯・インプラント費用を考えれば結果的に経済的」という考え方もあります。
痛みの少ない治療から“予防医療”へ
これらの低侵襲治療は、患者の身体的・心理的負担を減らすだけでなく、再発予防やメンテナンスとの相性が良いのも特徴です。
炎症を最小限に抑えながら、再発しにくい口腔環境を整える――。
レーザーやブルーラジカルは「治療の終点」ではなく、「再発を防ぐための新しいメンテナンス手段」として、今後さらに普及が進むと考えられます。
第4章 AI・デジタル技術による診断と予防の最前線
歯周病治療の最前線では、デジタル技術と人工知能(AI)が急速に導入されています。これまで歯科医の経験や勘に頼っていた部分が、データや画像解析によって「可視化」され、より精密で再現性の高い診療が可能になりました。ここでは、最新のデジタル歯周病医療の動向を紹介します。
CTやデジタルスキャンによる精密診断
従来、歯周病の診断は歯周ポケットの深さ測定やレントゲン撮影が中心でした。
しかし、近年はCTや口腔内スキャナー(Intraoral Scanner)を用いて歯ぐきや歯の形状を立体的に記録する技術が普及しています。
スキャンデータを3D化することで、歯槽骨の吸収状態や歯肉の退縮をミクロン単位で把握できるようになりました。
この技術により、
- 治療前後の状態を正確に比較できる
- 患者が「見て理解できる」説明が可能
- 長期的な経過観察が容易になる
などのメリットが得られます。
特に歯周再生療法や補綴治療を組み合わせる際には、術前シミュレーションにも活用されています。
AIによる画像診断とリスク予測
AI画像解析技術の進歩も目覚ましく、近年では歯科用CT画像やレントゲン画像をAIが自動で解析し、歯槽骨吸収やポケットの深さを高精度に検出できるようになっています。
たとえば、AIが過去の治療データを学習し、
- 将来どの部位の再発リスクが高いか
- 骨吸収の進行速度
- 炎症再燃の可能性
を予測するシステムが開発されています。
AIを活用した「歯周病リスク評価プログラム」の開発が進められており、診断の標準化と医療の質向上が期待されています。
今後は「経験的診断」から「データに基づく診断」への転換が進み、治療の個別最適化がさらに高まるでしょう。
唾液検査・遺伝子検査による早期発見
AIと並行して注目されているのが、唾液や遺伝子を用いた早期検査です。
唾液中の炎症マーカーや特定細菌(Porphyromonas gingivalisなど)を測定することで、発症前の段階でリスクを把握できます。
さらに、遺伝子解析を組み合わせれば、「歯周病になりやすい体質」も明らかになります。
これらの検査は、従来のレントゲンやポケット測定では得られない「予防医療の指標」として活用され始めています。
たとえば、AIが唾液検査データを解析し、最適なメンテナンス周期を提案するシステムも開発されています。
デジタル化が変える「予防中心型医療」
AIやデジタル機器の導入は、治療そのものだけでなく「予防の考え方」を変えつつあります。
患者ごとに蓄積されたデータをもとに、歯科医院が定期的にリスクを評価・通知する「パーソナル予防プラン」が可能になりつつあります。
このように、歯周病治療は「発症してから治す」時代から「データで予測して防ぐ」時代へと進化しています。
テクノロジーが長期的なお口の健康を守る時代に
AI・デジタル技術の進歩により、歯周病治療はより精密・低侵襲・長期安定を目指す方向へ進化しています。
歯科医師の熟練技術とデータ解析の融合によって、個々の患者に最適な治療と予防が提供される時代が到来しました。
今後は、再生医療やレーザー治療とも連携しながら、テクノロジーを軸とした“歯を守る医療”が主流になるでしょう。
まとめ
歯周病治療は、かつての「歯を抜くしかない病気」から、「歯を守り、再生する病気」へと大きく進化しています。
スケーリングなどの基本治療に加え、再生医療による組織の回復、レーザーやブルーラジカルによる低侵襲治療、そしてAIやデジタル技術を活用した精密診断と予防が融合し、より安全で効果的な治療が可能になりました。
こうした最新技術の導入により、治療成績は向上し、再発を防ぐメンテナンスも格段に進化しています。
しかし、いかに医療が進歩しても、毎日のブラッシングや生活習慣の見直しなど、患者自身の取り組みが欠かせません。
最新の歯周病治療を知り、信頼できる歯科医院と二人三脚で進めることが、「一生自分の歯で噛む」ための第一歩です。
作成日 2025年11月9日
参考文献
日本歯周病学会 歯周病ガイドライン2022
https://www.perio.jp/publication/upload_file/guideline_perio_2022.pdf?20241021
担当した診療所
ファミリー歯科
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