部分入れ歯が合わない原因は支え方?インプラント併用義歯(IOD・IARPD)のメリットを専門家が解説
2025.12.26
ファミリー⻭科
総入れ歯の「外れやすい」「噛みにくい」といった悩みは、義歯ユーザーにはよく見られるものです。特に下顎は形態的に吸着しにくく、食事のたびにズレてしまうケースも少なくありません。こうした問題を大きく改善する治療として注目されているのが、インプラントオーバーデンチャー(IOD)です。
IODは顎の骨に2〜4本のインプラントを埋入し、総入れ歯を「固定装置(アタッチメント)」でしっかり支える方法です。従来の総義歯と比べて横揺れや浮き上がりが少なく、噛む力が向上するため、硬い食品を含めて食べられるものの幅が広がります。また、インプラントに力が伝わることで顎骨の痩せを抑えられるメリットもあり、長期的に安定した噛み合わせを維持しやすくなります。総歯列をすべてインプラントに置き換える治療より費用を抑えられるため、リーズナブルな選択肢として採用される患者さんも増えています。
目次
監修した先生
奈良 倫之 先生
医療法人社団 歯友会 理事長
ファミリー歯科 院長
第1章 IARPD(インプラントアシスト部分義歯)で部分入れ歯の弱点を補う
部分入れ歯を使用している方の多くは、「噛むと沈み込む」「外れやすい」「バネが目立つ」「残っている歯が痛む」といった悩みを抱えています。これらは、義歯を支える力の多くが残存歯と歯ぐきに集中することが原因です。特に支えとなる歯に大きな負担がかかると、その歯がグラつき、虫歯や歯周病が進行しやすくなります。
こうした悩みを改善する選択肢として注目されているのがIARPD(インプラントアシスト部分義歯)です。これは欠損部位に1〜2本のインプラントを補助的に埋入し、部分入れ歯の支点を増やすことで安定性を高める治療法です。
インプラントを「支柱」として追加することで義歯の浮き上がりや揺れが減り、噛んだ力が分散されるほか、残っている歯を守りながら快適に噛めるというメリットがあります。
IARPDによって改善できる点は次のとおりです。
- 沈み込みや揺れが減る 噛んだときの沈下が小さくなり、義歯が安定しやすい
- 残存歯の負担が軽減 インプラントが力を受けるため、歯にかかる負担が分散される
- 見た目の改善につながる場合がある 設計によってはバネを小さくでき、審美的なメリットもある
- 噛み心地が向上する 揺れが少なくなることで、特に奥歯での咀嚼が楽になる
部分入れ歯は「残っている歯があるからこそ成立する治療」ですが、その残存歯が弱ってしまうと、義歯の安定性も同時に失われます。IARPDは、こうした悪循環を断ち切り、日常生活の困りごとを大きく軽減できる点が大きな魅力です。
また、すべての欠損部位をインプラントで補う治療に比べ、必要となる本数が1〜2本と少ない場合が多いことから、費用を抑えながら機能性を改善できることも現実的な利点です。部分入れ歯を長く使い続けたい方や、残っている歯を大切にしながら噛む力を取り戻したい方に向きます。
臨床の現場でも、IODは特に下顎総義歯が安定しない患者さんに選択されることが多い治療法です。治療を受けた患者さんから「以前は外れるのが怖くて食事が楽しめなかったが、硬いものも安心して噛めるようになった」という声がよく聞かれます。
一方、IARPDは部分義歯が揺れて残存歯に負担がかかっているケースで有効で、「歯の痛みが軽減し、義歯も安定して噛みやすくなった」という声が多く報告されています。
第2章 従来の入れ歯との違いと費用相場を踏まえた選択肢
入れ歯治療にはさまざまな種類があり、素材や構造によって「見た目」「噛み心地」「耐久性」などが大きく変わります。近年は自費の義歯も多様化し、金属床義歯やノンメタルクラスプデンチャーなど、患者のニーズに合わせた選択肢が増えています。しかし、これらの従来型の義歯はあくまで粘膜や残存歯に力をかける設計であり、不安定さや負担の集中といった根本的な弱点を抱えています。
この弱点を補う治療として位置づけられるのが、前章までで紹介したIOD(総入れ歯+インプラント)とIARPD(部分入れ歯+インプラント)です。従来の義歯との一番の違いは、噛む力の一部をインプラントが受け止めることで、入れ歯の動揺が大きく減少する点にあります。従来の義歯より安定し、食事や会話のストレスが少ないという実感を持つ患者が多いのも特徴です。
従来の入れ歯と、インプラント併用義歯の違いを理解するため、まずは自費義歯のおおまかな費用相場を整理してみます。
自費義歯の一般的な費用目安
- 金属床義歯:約50万〜100万円
- ノンメタルクラスプデンチャー:約10万〜30万円
- 金属+ノンクラスプ複合型:約50万〜100万円
- 義歯修理:約1万〜10万円
- リライニング:約1万〜3万円
- インプラント:約30~60万円(アタッチメントの型式や追加処置により100万円~になることも)
これらの義歯は素材や構造によって快適性を高められますが、本質的には「支える仕組み」は変わりません。そのため、吸着しにくい口の形の方や残存歯に負担が集中しやすい方では、十分な改善が得られないこともあります。
一方、インプラント併用義歯は義歯そのものの性能を上げるのではなく、土台を補強する治療です。義歯の構造にこだわるだけでは解決できなかった弱点を補完できる点が、従来の義歯との大きな違いです。IODやIARPDはインプラントの必要本数が少なく、負担を抑えながら大きな機能改善を得られる点が特徴です。
従来の義歯との比較
- 支え方が根本的に異なる(インプラントが支点になる)
- 義歯の動きを抑えられ、噛み心地が大きく改善
- 残存歯への負担を減らし、歯の寿命を守りやすい
- 修理・調整を行いながら長期的に使用できる
従来の義歯が「素材で性能を高める治療」だとすれば、インプラント併用義歯は「構造そのものを安定させる治療」です。どちらが優れているというより、口腔状態や生活スタイルによって向き不向きが変わるため、専門的な判断が欠かせません。
第3章 IOD・IARPDの適応と向いている人の特徴
IOD(インプラントオーバーデンチャー)やIARPD(インプラントアシスト部分義歯)は、従来の総入れ歯・部分入れ歯の弱点を補うために生まれた治療法です。しかし、すべての方に適応できるわけではありません。顎の骨量、残存歯の状態、清掃のしやすさ、日常の生活リズムなど、複数の要素を丁寧に評価して判断されます。本章では、それぞれの治療が向いているケースをわかりやすく整理します。
IODとIARPDの比較
| 項目 | IOD(総入れ歯向け) | IARPD(部分入れ歯向け) |
|---|---|---|
| 適応 | 全ての歯を失っている | 一部の歯が残っている |
| 支え方 | インプラント2〜4本で義歯を固定 | 残存歯+インプラントで義歯を支える |
| 主な目的 | 総入れ歯の安定性向上 | 部分入れ歯の揺れ・沈み込み改善 |
| メリット | 噛む力が向上し外れにくい | 歯の負担を軽減し長持ちさせる |
| 向いている例 | ずれやすい総入れ歯で困っている人 | 部分義歯の使い心地に悩む人 |
IOD(インプラントオーバーデンチャー)が向いているのは、「総入れ歯がずれて日常生活に支障がある」「咀嚼力を取り戻したい」「インプラントの本数を抑えたい」と考える方です。顎の骨が痩せていてもインプラントを支える骨が十分であれば適応可能で、特に下顎総義歯に悩む患者に選択されることが多くあります。
一方、IARPD(インプラントアシスト部分義歯)は部分入れ歯の揺れや沈み込みが強く、残っている歯への負担が心配されるケースに適しています。インプラントが「補助の支点」となることで義歯の安定が高まり、噛みやすさを改善しつつ歯の寿命を守れる点が大きな特徴です。バネが目立つのが気になる場合でも、設計によっては小型化できるため、審美面のメリットにつながることもあります。
IOD・IARPDともに共通する注意点として、インプラント周囲炎の予防を目的とした清掃が欠かせないことです。取り外し式のため清掃しやすい一方、定期的なメンテナンスを怠ると義歯のアタッチメント部分が摩耗し、調整や交換が必要になる場合もあります。
治療方法の選択は、「何を改善したいのか」「どれだけの費用を許容できるか」「口腔状態がどこまで対応可能か」といった複数の条件を総合的に判断して行われます。どちらの治療が最適かは、歯科医の専門的な診査に基づいて慎重に見極めます。
ただし、IOD・IARPDには限界もあります。
顎の骨量が極端に不足している、糖尿病など全身疾患のコントロールが難しい場合はインプラント手術のリスクが高まります。追加の骨造成(GBR)を行うか、治療自体が適さないこともあります。また、インプラント周囲炎など合併症のリスクもあり、清掃不足や喫煙習慣があると発症リスクが高まります。
治療は「手術を受けたら終わり」ではなく、定期的なメンテナンスと日々のセルフケアが不可欠です。
治療はメリットだけでなくリスクや限界も理解し、専門医と相談しながら進めましょう。
出典:日本臨床歯周病学会 インプラント周囲疾患
https://www.jacp.net/perio/implant/
第4章 治療の流れと注意点(手術・メンテナンス・交換時期)
IOD(インプラントオーバーデンチャー)やIARPD(インプラントアシスト部分義歯)は、インプラントと義歯の両方を組み合わせる治療です。一般的な入れ歯治療よりも工程がやや複雑になります。しかし治療後に得られる安定感や噛み心地の改善は大きく、「長期的に快適に使える義歯」を目指せる点が特徴です。本章では、具体的な治療の流れと注意点を整理して紹介します。
治療の一般的な手順は以下のように進みます。
治療の流れ
① 診査・診断
レントゲンやCT撮影、噛み合わせの検査を行い、適応を判断します。顎骨量、残存歯の状態、全身疾患の有無などを総合的に評価します。
② インプラント埋入手術
適切な位置にインプラントを埋入します。局所麻酔下で行われ、痛みは最小限に抑えられるよう配慮されます。
③ 治癒期間
骨とインプラントが結合するまで数カ月間待機します。この期間中は仮義歯を使用し、日常生活を続けます。
④ 義歯の製作・改造
IODでは新しく総義歯を製作する場合が多く、IARPDでは部分義歯を改造して使用することもあります。
⑤ 装着・調整
義歯をインプラントに固定し、噛み合わせやフィット感を微調整します。
⑥ 定期メンテナンス
使用後はインプラントと義歯の両面を確認し、アタッチメント部分の摩耗や清掃状態をチェックします。
治療後の注意点
治療後に快適な状態を保つためには、以下の注意点が重要です。
- インプラント周囲炎の予防が必須
専用ブラシなどを用いてインプラント周囲を清潔に保つことが欠かせません。 - アタッチメントの摩耗は避けられない
義歯を固定する金具や樹脂部分は、数年単位で摩耗し交換が必要です。 - 義歯の調整・リライニングが必要になることがある
顎骨の変化に合わせて裏打ち(リベース)やリライニングを行うことで、快適なフィット感が保てます。 - 定期検診を欠かさないことが長期使用の鍵
半年〜1年ごとの受診で、インプラントの状態・噛み合わせ・義歯の摩耗を確認します。
治療が終了した瞬間が「完成」ではなく、「快適に使い続けるためのスタート」である点が、インプラント併用義歯の特徴です。インプラントと義歯の両方に継続的なケアが必要ですが、適切なメンテナンスを行うことで長期的な安定が期待できます。
まとめ インプラント併用義歯は「噛める日常」を取り戻す新しい選択肢
総入れ歯や部分入れ歯の不自由さは、多くの人が「仕方のないもの」として受け入れてきました。実際、従来の義歯は粘膜や残存歯に力を預ける構造であるため、どうしても「外れやすい」「噛みにくい」「歯に負担がかかる」といった問題は避けにくい側面があります。しかし近年、インプラントを補助的に利用する治療が普及したことで、義歯の弱点を根本から改善できる可能性が広がりました。
IOD・IARPDは、すべての歯をインプラントに置き換えるフルブリッジ治療やオールオン4とは異なります。費用や身体的負担を抑えながら、義歯全体の安定感を底上げすることができます。義歯は取り外し式で清掃しやすいため、インプラント周囲炎の予防にも効果的で、長期的に健康な口腔環境を維持しやすい治療法です。
しかしIOD・IARPDがすべての方に適しているわけではありません。顎の骨量、残存歯の状態、全身疾患、生活習慣など、治療選択に影響を与える要素は多岐にわたります。最適な治療法を選ぶためには、丁寧な診査と、患者自身が抱える悩みや希望を共有しながら進めることが重要です。
インプラントと義歯を併用する治療は、「噛める」「話しやすい」「見た目が自然」といった日常生活の快適さを取り戻せる選択肢のひとつです。従来の義歯で不便を感じている方や、今より快適な生活を目指したい方は、一度専門医に相談してみると良いでしょう。
作成日 2025年12月11日
参考文献
日補綴会誌 Ann Jpn Prosthodont Soc 13 : 187-193, 2021 IOD とIARPDの最新エビデンス
https://www.hotetsu.com/files/files_581.pdf
日本補綴歯科学会「補綴歯科」ってどんな治療?
https://www.hotetsu.com/about.php
日本臨床歯周病学会 インプラント周囲疾患
https://www.jacp.net/perio/implant/
担当した診療所
ファミリー歯科
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